【ちゃねこのりれきしょ3】ダメ新入社員、派遣先への一人旅

7(ナナ)
ようやく派遣先が決まったちゃねこ。

知識も経験もなく独りぼっちで放り出されてしまったが、はたして派遣先のH社で上手くやっていけるのか?

ちゃねこのりれきしょ第三幕スタート!

H社の内情

前回、私はH社という会社に派遣が決まりました。H社は中部地方の製造業を生業とする企業のIT子会社。(以下、H社の親会社のことをPH社(Parent H社)と呼びます。)

親会社のPH社が大企業だったため待遇は良かったらしい[正社員談]ですが、会社としてはグレーな部分(後で出てきます)がいくつかありました。

H社へ派遣!

H社での教育

派遣される前は「先輩もおらず経験もない会社でうまくやっていけるのかな?」と内心不安でしたが、そんな心配も杞憂に終わります。

なぜならH社は社員数100名くらいの会社でしたが、その約半数が派遣社員だったのです。つまり正社員50人に対して派遣社員がだいたい50人くらい。

しかも派遣社員のほとんどが、私と同じように知識も経験もない新入社員レベルの人たちばかりでした。

そのころ世の中は不景気でしたから、会社としても正社員を多く抱えるリスクは避けたいため単価の安い派遣社員をとっていたのでしょう。たとえ知識や経験がない人であろうとも。

このようにH社は派遣社員の多い会社だったため、正社員だけでなく派遣の人に対する教育制度も充実していました。

正社員と派遣社員

H社は派遣社員が多いせいか、派遣社員と正社員の仲も良かったです。H社は派遣社員がいないと成り立たないので、当然といえば当然かもしれません。

正社員の人は質問しても丁寧に答えてくれる人が多かったです。正社員の人だと思って質問したら実は派遣社員だった、なんて事もありましたが(笑)


そういえばH社の管理職には変わった人が多かったですね。

適当キャラかと思いきや突然うつ病で休職してしまったスキンヘッドの管理職のおじさんとか、キャ〇クラにハマり夜な夜な部下を引き連れて夜の街に繰り出す太っちょの営業部のおじさんとか、社内では絶対的な発言力を持つヤ〇ザ風味の役員さんとか。

このヤ〇ザ風味の役員さんに気に入られれば、H社では安泰という雰囲気でした。まぁ私は派遣社員なので関係ないんですけどね。

H社の仕事内容

H社の仕事は、基本的に親会社であるPH社の業務システムの開発がメインでした。たとえば会計管理、販売管理、原価管理などなど。

しかしその頃のH社の経営方針として「PH社の仕事にばかり依存してちゃいか~ん」ということだったらしく、受託開発や派遣業務にも手を出しはじめていました。

そして運の悪いことに私に派遣業務の白羽の矢が立ってしまいます。派遣 & 新人の私に…

7(ナナ)
どんな判断だ?

電力会社のC社でテスター

派遣先から更に派遣される

更に派遣!(一人で)

H社に派遣されて早々、またもや一人で派遣に出されてしまいます。派遣先は中部地方では有名なC社という電力会社

ようやく開発の仕事ができるかと思いきや、なかなか仕事が落ち着かないです。

IHOUですよ...

実は派遣で雇っている労働者(私)を、更に別の会社に派遣に出すのは二重派遣なので問題なんですよね。私の指揮命令はC社から直接されていたので完全に違法です。

この時はH社の名刺を作らされてC社とやり取りをしていたので、H社も違法であることを認識していたと思います。IT関連企業では二重派遣っていうのは日常茶飯事のようです。

しかしまだ新人一年目の私には、そんなことが違法であることは分からないし、分かっても文句を言うことはできないので、H社から言われるがままにC社での業務につきます。

7(ナナ)
派遣 & 新人の悲しいところだね…

C社の仕事

C社での仕事は一か月のみの短期で、内容はOracleで構築された会計管理システムのテスト業務だったので、経験の少ない私でも何とかなりそうでした。C社の人たちも良い人ばかりで仕事もとてもやりやすかったです。

ちなみに業務内容のメインはテスターなんですが、問題があった場合にはSQL文をみて原因を特定&報告する必要があります。しかしこのSQL文を読み解くのがなかなか大変。データベースの構造が複雑なので数千行のSELECT文など当たり前のように存在します。

まぁこの仕事のおかげで複雑なSQL文に対する耐性のようなものが付いたので、今では経験して良かったかなと思います。このC社での経験により、私のデータベース関係の実力がかなり上がったことは間違いありません。

(二重)派遣先からH社へ戻る

H社でのお仕事開始

ただいま~

C社での仕事も無事(実は人手不足により一か月延長されましたが...)終わり、H社に戻ってようやくH社の仕事ができることとなりました。

H社での最初の仕事はPH社の会計管理システムで使用される夜間バッチプログラム。このバッチプログラムをOracleのPL/SQLでスクリプトファイルやプロシージャとして作成します。

この頃はC社での経験によりデータベースの実力がUPしていたため、この程度の仕事なら余裕でこなすことができるようになっていました。


しばらくの間、SQLのバッチプログラムの開発を担当していたのですが、徐々にWEBアプリケーションの開発にも刈り出されることとなります。H社の開発のメインはWEBアプリケーションだったので、そろそろ声がかかるだろうなと予想はしていましたが。

Oさんとの出会い

Oさんの元で修業

Oさん(イメージ)

そしてついに私にもWEBアプリケーション開発の仕事が回ってきます。まずはOさんという人の元で、PH社の販売管理システムの開発業務が始まりました。

このOさんはH社の正社員。H社のWEBアプリケーション開発のほぼ全てを取り仕切っており、この人がいないとH社は成り立たないといわれるスーパーマンです。

しかしOさんは仕事ができるんですがIT業界によくいる典型的な変わり者で、かなり話しかけずらい(笑)

知識や経験が豊富で管理職からも頼りにされているのですが、あまり周りの人とは話をしない人だったんですね。しかも質問しに行っても答えてもらえなかったり怒られたり。始めの頃は怒られて結構「しょぼ~ん(´・ω・`)」としていました。

Oさんの教育により成長

開発当初は質問に答えてもらえなかったり怒られたりもしましたが、これって実はOさんの教育だったんです。

C社に行って少しは技術力がつきましたが、社会人になって一年もたっていないひよっこ。Oさんからすると、私からの質問も何が聞きたいのか分からないものだったんですね。

そのため私の質問に対して突き放すことで、何が悪かったのか考えさせるように仕向けていたようです。このOさんの指導のおかげで、質問をする際は論理だてて説明するようにしたり、簡単に質問せずに出来るだけ自分で調べる癖がついたわけです。

7(ナナ)
突き放すやり方が必ずしも良いわけではないけど、ちゃねこにとっては合ってたみたいだね

ちなみに私に対して結構厳しかったOさんですが、H社内で一番仲が良かったのがたぶん私です。Oさんはほとんど周りと話さない人でしたが、なぜか私はOさんに飲みに誘われることもありましたし。

私がT社から転職する際の転職活動時も何かとフォローしてくれたり、Oさんは今でも感謝している人の一人です。


こんな感じでOさんからサポートを受けつつ仕事をこながら、データベースやWEBアプリケーションの技術力も着々とつけていき、不安の中で踏み出した社会人生活一年目が無事終了となりました。

7(ナナ)
開発で出来ることが増えてきて、仕事がめちゃくちゃ楽しくなっているちゃねこ。

しかし仕事が楽しすぎて当初の「転職してやる~!」という熱意は忘却の彼方へ。

はたして転職への熱い想いを取り戻すことができるのか?


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